2006年6月10・11日 天橋立、舞鶴引上記念館にスローな旅
「三人寄れば文殊の智恵」のことわざで知られる文殊菩薩が本尊の智恩寺。
808年に創建の日本三文殊のひとつ。天の橋立名物の智恵だんごを初めて
口にしましたが、タレがとても濃厚で、美味しかったです。
Stillにもちょっとお裾分け
これで知恵がついて賢くなるかな??「三人寄れば文殊の智恵」のことわざで知られる
文殊菩薩が本尊の智恩寺。808年に創建の日本三文殊のひとつ。天の橋立名物の
智恵だんごを初めて口にしましたが、タレがとても濃厚で、美味しかったです。

Stillにもちょっとお裾分け・・・・これで知恵がついて賢くなるかな??
日本三景の一つに挙げられる天橋立。私達も、もちろんStillも初めて行きました。
鼻が砂まみれになったよ。ははは!
「引揚記念館」永遠の平和に祈りをこめて・・・
話はよく聞いていた舞鶴の桟橋・・・。着いたときに携帯で両親と話しました。
私達が見に来たことをとても喜んでいました。今度は息子にも見せてやりたいです。
Still、おじいちゃんがここに帰って来たんだよ。まず、展望台から見下ろしてみました。その後桟橋の先まで行ってみましたがさすがに目頭が熱くなりました・・・。よくぞ生きて帰ってくれました。今の私があるのも、このような出来事があっても打ち勝つ父の強い思いのお陰だと感謝せずにはいられませんでした。世の中が本当に平和でありますようにと心から祈念します。終戦からやがて61年目の夏を向かえます。悲しく痛ましい体験も、時の流れの中、風化の一途をたどっていますが、二度と戦争が起こらないように、平和な幸せを逃がさないように伝えていかなければ・・・・・。第2次世界大戦終結後、京都府舞鶴市は海外に残された日本人を迎え入れる玄関となったそうです。昭和20年10月7日引揚船、「雲仙丸」が入港して以来、13年間の長きにわたり、約66万人の引揚者と1万6千柱の遺骨を迎え入れたそうです。当時をものがたる数多の貴重な資料が伝えるむごさと悲劇が一層胸に迫りました。 極寒、飢え、重労働の三重苦に耐えた父がよく話にしたのは、亡くなった仲間の遺体が、ごみのように扱われたという無念さ。